フミコフミオ

ハゲの多い生涯を送ってきました。僕には、ハゲのいない生活というものが、見当つかないのです。バーコード、薄毛、つるつる。ハゲ・タイプの違いこそあれ、物心ついたときには、父、祖父、曾祖父、3人の直系尊属が揃いも揃ってハゲ、そんな厳しい現実が目の前にあったのですから。そのおかげで若い頃は常にハゲを恐れ、抜け毛に怯える日々を過ごしていました。想像してみてください。思春期の最中の、ポゴレリチに憧れ、ピアニストを目指していた少年が、猫の毛のような髪質にため息をつき、迫りくるハゲの影に怯えている哀れな様を。何も悪いことをしていないというのに、運命とは何て残酷なものなのでしょう…。慰めの言葉のほとんどは何の救いにもなりませんでした。父、祖父、曾祖父からの「男の価値は髪の毛じゃ決まらない」「俺たちを見ろ。堂々としているだろ」「ハゲにはハゲの戦い方がある」という慰めは、近い将来のうちに僕がハゲちらかすことを前提とした慰めであり、そのことがかえって、まだ少年だった僕の心をひどくキズつけたのです。僕は知っていました。父、祖父、曾祖父。3人のことを近所の人たちが3連星と呼んでいることを。陰で笑われているハゲからハゲまされたところで、どう好意的に解釈しても開き直りの言葉としか思えず、そのせいで僕の心にはちっとも響きませんでした。

「ショーン・コネリーっていう外国のハゲ俳優、カッコいいよね」、そんなクラスメイト女子の言葉も信用なりませんでした。彼女たちは、ショーン・コネリーという外国産のハゲを讃えたその口で、バーコードの教頭のことを「ナカソネソーリ」などと馬鹿にしていたのですから。驚きました。ハゲには許されるものと許されぬものの二種類があったのです。その驚きはハゲという十字架を背負った僕にとってわずかな希望でもありました。ショーン・コネリーのようなカッコいいハゲなら陰で3連星などと笑われることはないのです。もし、ハゲが回避できないのなら、せめて、ショーン・コネリーのような愛されるハゲになりたい。「ショーン・コネリーになりたい。あの胸毛は勘弁だけれども」などと都合のよい祈りを捧げたあの頃を、今でも時折思い出します。

僕と同じ苛烈な運命を背負った人間がもう一人いました。弟です。3歳年下、スポーツ万能の弟は、ハゲになる運命に必死に抗っていました。弟は、僕のように諦めて、「どうせハゲてしまうのだから何をやっても無駄」などと自暴自棄になるようなことはありませんでした。適度な運動。適切な食事。十分な睡眠。自己流頭皮マッサージ。何かにとりつかれたようにそれらのケアを毎日、ひとつひとつ、丹念に行っていました。弟はよく、こんなことを言っていました。「兄貴のように、すぐあきらめてしまう人間を神様がハゲる運命から救うと思うかい? 俺は兄貴とは違う。やるだけやって人事を尽くして天命を待ちたい」 生来、額が広く、髪質も猫のようであった僕とは違い、弟は額も狭く髪のボリュームも充分にありました。そういう恵まれた頭皮的な背景があったものですから弟は、口ではハゲが怖いと言いながらも、僕ほどには、ハゲの影を脅威に感じてはいなかったのかもしれません。彼がナカソネソーリと揶揄される未来を想像できなかったのも無理もなかったのです。≪弟は心の底から怯えていなかったのですから≫

それからもう30年近くの時が流れてしまいました。ポゴレリチに憧れキラキラと輝いていた中学生も、ただの中年に成り下がってしまいました。時の流れというのは残酷なものです。僕よりも残酷な運命をたどってしまった人物がいます。弟です。弟は見事に遺伝子の花を咲かせてしまい、どこに出しても恥ずかしくないハゲです。弟が丹念におこなっていた頭皮頭髪ケアは、残念ながら効果がなかったのです。弟は20代前半から額戦線の後退がはじまり、30を前にして壊滅してしまいました。バーコードになるくらいなら、という覚悟で、潔くオシャレヘアを短く刈りこんだ弟を僕は誇りに思います。弟の失敗は、人からの話を鵜呑みにして、独りよがりな頭髪のケアをしたからだと思います。もし、インターネットがあったら、このような結末にはなっていなかったのではないでしょう。今は当時よりも正確な育毛情報をたやすく入手することができるうえ、比較にならないほど育毛ケア専門サービスが充実しています。弟のようにならないために、独りよがりではない第三者の意見をきいて適切なケアを受けることをお勧めします。もちろん、ハゲがダメなわけではありません。遺伝子の花を咲かせ見事にハゲてしまった弟は、かつて、僕のクラスメート女子が褒め称えていたショーン・コネリー側のハゲになり、モテモテの人生を送っているのですから。今の弟の姿は、僕の大きな励みになっています。

一方、ハゲを宿命づけられた僕は、いささか頭髪のボリュームは減退したものの、ありがたいことにまだハゲることなく、2017年現在も生きています。不思議なのはハゲていない僕が、ハゲている弟よりも女性にモテないことです。その理由を考え、至った結論はハゲに明るく立ち向かう弟と、運命だと諦めてぶつぶつ文句を言い続けている僕、兄弟のスタンスの違いが大きな差になったというものです。吹っ切れて明るい弟。抜け毛一本ごとに絶望する僕。どちらが人間として魅力的でしょうか?自明なことです。大切なことは、どんな困難な障害を前にしても明るく前向きに生きるということ。もし、その困難や障害がハゲや抜け毛なら、現代には戦える武器があります。それらの武器を手に取り、ハゲたらハゲたでケセラセラの精神で戦ってほしい。僕は今、ハゲの多い生涯のつづきを明るく生きています。(了)





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著者プロフィール フミコ・フミオ 

Everything you’ve ever Dreamed

サラリーマンのロックロールな日記です。はてなダイアリーから引っ越してきました。ピース。アイコンはでんでん様